ブルーベルベットの解説(1986年 デヴィッド・リンチ)

『ブルーベルベット』はデヴィッド・リンチ監督の劇場用映画4作目にあたる作品で、その後の作品『ワイルド・アット・ハート』(’90)やテレビドラマ『ツイン・ピークス』(’90)などに繋がるリンチの新たな映画スタイルを決定づけた作品です。

■作品のモチーフ、独自の作風

 リンチは美術大学出身で当初は画家を志していました。作風はシュールレアリスムで、好きな画家はフランシス・ベーコンやエドワード・ホッパー。リンチは自分は知性派ではなく直感に頼るタイプだと言います。

『ブルーベルベット』は、リンチの心に浮かんだ複数の断片的なイメージをストーリーで繋ぎ合わせた作品です。そのイメージの発端は、ボビー・ヴィントンの1963年のヒット曲「ブルーベルベット」でした。リンチはこの曲からいくつかのインスピレーションを得たのです。

  • 舞台はどこにでもあるような平和な田舎町
  • 深緑色の芝生
  • 赤いリップスティックをつけた女が乗った車
  • 青いベルベット
  • 別世界への入り口である人間の耳を草むらで見つける
  • 主人公が女性の部屋に忍び込み覗き見をして事件の手がかりを掴む

 その他にも断片的なアイデアがたくさん浮かび、それらを数年かけて1つの物語に仕上げました。

 リンチは自分の映画作りに関して次のように語っています。

“映画製作という行為は無意識的なものなんだ。言葉や理屈は、映画製作にとって邪魔だね。そうした邪魔が入らず、自分の内部から流れ出てくるものを表現できたときには、映画は作家の潜在意識を表現する素晴らしい媒体となるんだ。”(クリス・ロドリー編『デイヴィッド・リンチ : 映画作家が自身を語る』廣木明子他訳、フィルムアート社、2007、p.184)

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■なぜコマドリがでてくるのか?

『ブルーベルベット』にはコマドリが登場します。その理由を考えてみました。

 ドロシーの夫と子供がフランクに誘拐されていると知ったジェフリーが、そのことを車の中でサンディに報告するシーンがあります。ジェフリーは「なぜフランクのような人間がいるのか?なぜこの世はこんな悲惨なことが起こるのか?」と、サンディに訴えます。ところが、サンディはなぜかここで自分が見た夢の話を始めるのです。

「夢の中では長いこと闇が支配していて、それは愛の象徴であるコマドリがいないのが原因。でも、とつぜん何千羽ものコマドリが舞いおりて、世界は愛の光でみたされるの。だから悲劇がつづくのはコマドリが来るまでの間よ。」(要約)

 この話を聞いてジェフリーは、共感したように笑顔を見せます。しかし、サンディの話は非常に唐突で、このとき彼女は何かに取り憑かれたようになっていました。なお且つ、このとき二人がいたのは教会の前でした。そもそも、その場所に車を止めたのはサンディで、教会の方を見つめてからジェフリーの方に向き直りました。サンディの話はキリスト教と何かしら関係があるのでしょうか?

 ウィキペディアにはコマドリにまつわる話として、

“かつてヨーロッパコマドリは全身茶色一色であったが、十字架に架けられたイエス・キリストの痛みを癒すため彼の側で歌を歌い(あるいは、いばらの冠を外そうとして)、その際にイエスの血によって胸が赤く染まったという。”(ウィキペディア『ヨーロッパコマドリ』より https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨーロッパコマドリ、2015年8月7日閲覧)

などと紹介されています。コマドリはキリスト教において馴染み深い鳥のようです。

 このジェフリーとサンディの不思議なシーンと、キリスト教圏におけるコマドリの意味は、作品の世界観を探る1つのヒントになるのではないでしょうか。ラストでは、わざわざ模型で製作してまでコマドリを登場させています。リンチがキリスト教的世界観をベースにこのストーリーを組み立てていて、コマドリをその象徴として使ったと解釈することもできると思います。

■デニス・ホッパーとガス

 フランクが興奮したときに吸うガスは、声が高くなるヘリウムガスが当初予定されていました。リハーサルでガス缶が並んでいるのを見たホッパーは、俺はガスには詳しいんだと言いガス缶の中身を全て当ててみせると、こんどは数分間ハイな状態になれる亜硝酸アルミガスについてリンチに説明し始めました。ヘリウムガスでは意味もなく面白くなってしまうと考えたリンチは、実際に使うガスをホッパーに決めさせました。ホッパーが専門家で助かったとリンチは後に語っています。

■リンチの世界を作ったサウンド・デザイナー

 リンチ作品の世界観構築に音響で大きな貢献していた人物としてアラン・スプレットが挙げられます。

 スプレットの独特なノイズのようなサウンドは、彼があちこちで拾い集めた「音のかけら」を繋ぎ合わせたものです。彼のお気に入りはいろいろな音が試せる工場のあるような場所。

 そのサウンドは例えばジェフリーが拾う耳にクローズアップするときや、草むらの下で虫がうごめくとき、またはジェフリーが悪夢を見ているときに聞こえてきます。

 リンチの長編映画デビュー作品『イレイザーヘッド』(’77)や、既述の『デューン/砂の惑星』でもスプレットのつくった音が効果的に使われています。リンチは短編映画を撮っていた時代からスプレットと組んでいて、映画は音をくわえると魔法をかけたように良くなると話しています。

 初期リンチ作品の強烈な印象はスプレットの生み出すサウンド無しには実現できなかったと思われます。しかし残念な事にスプレットは94年に若くして亡くなったので、『ブルーベルベット』はリンチとの最後の仕事になってしまいました。

 音楽のアンジェロ・バダラメンティは本作で初めて起用され、以降のリンチ作品の新たなイメージの構築に大きな影響を与えることになりました。

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■出演俳優たちの声

 出演者たちは相場よりもはるかに低い報酬にもかかわらず、脚本の内容を高く評価し出演を引き受けました。

 フランク役のデニス・ホッパーは、どうしても出演したくて自分はフランク・ブースだと名乗ってリンチに電話まで入れました。エージェントからは汚点になるからと出演を止められましたが、

“鬼才デヴィッド・リンチの映画に出たい、ハリウッドはこの作品に注目するはずだ”(DVD『ブルーベルベット』20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン株式会社)と反論しました。
 
 主演のカイル・マクラクランは初めてリンチと会う前に『イレイザーヘッド』を観て、<何を求めてるんだ>と思い不安になったと言います。『ブルーベルベット』の脚本を読んだときは、

“きわどく危険でエロティック、恐ろしくて人を圧倒する力のある脚本で、怖いのに引き込まれてしまう”(同上)と語っています。
 
 イザベラ・ロッセリーニは、ニューヨークのレストランでリンチと偶然出会った際、当初のドロシー役候補ヘレン・ミレンへの『ブルーベルベット』出演の説得を頼まれました(85年公開の映画『ホワイトナイツ/白夜 』で二人は共演していた)。しかし、その後リンチからオーデションについての手紙が届きました。リンチはロッセリーニが、美人で謎めいていて脆さもあるドロシー役に合いそうだと思い直したのです。脚本を読んだロッセリーニは、

“独創的で魅力的だった”(同上)と語っています。

■プロデューサーの判断

 この映画の影のプロデューサーは『道』(’54)、『戦争と平和』(’56)、『カビリアの夜』(’57)などを手がけた大物ディノ・デ・ラウレンティス。まだ完成前のフィルムを観たラウレンティスは、試写会を提案。昼間は『トップガン』(’86)のかかっていた映画館で、一晩だけの上映会が開かれました。

 上映終了後、試写を見たリンチのエージェントからは大成功との電話が入り、リンチも大喜びしたのですが、翌朝になるとそうではないことが判明しました。ラウレンティスの事務所に呼ばれたリンチは、作品をこき下ろす意見が書かれた多くのアンケート用紙を見せられました。その中にはリンチに対する中傷までありました。普通なら作品がオクラ入りになるような状況です。しかし、ラウレンティスは「万人受けしない作品」という路線で企画を進めようと言ってきたのです。リンチは後にこう語っています。

“あのアンケート結果を見た後で、あれほど大胆な行動をとれるプロデューサーはきっとディノだけだよ”(クリス・ロドリー編『デイヴィッド・リンチ : 映画作家が自身を語る』廣木明子他訳、フィルムアート社、2007、p.197)

■公開後の反応

 公開して間もない頃の作品への評価は良いものではありませんでした。そのショッキングな内容に拒否反応が多く出たのです。ロンドンでは公開日に劇場前でデモが起きました。

 特にイザベラ・ロッセリーニ演じるドロシーという女性の描き方が問題視されました。アメリカの著名な映画評論家ロジャー・イーバートは、自身が司会を務めるテレビ番組 Siskel & Ebert & the Movies の中でリンチを才能ある監督と認めながらも、この映画はイザベラ・ロッセリーニを辱め傷つけていて不愉快だとまくし立てました。

 しかし、時間が経つにつれ批評家たちの評価が「2度は観るべきだ」など肯定的なものに変わっていき、傑作という意見も多く出始めました。そして、その年の興行成績上位の中の一本になりました。全米映画批評家協会賞では作品賞を含む4部門の賞を受賞しました。


[作品データ]

監督・脚本 デヴィッド・リンチ
製作 フレッド・カルーソ
出演者 カイル・マクラクラン、イザベラ・ロッセリーニ、デニス・ホッパー、ローラ・ダーン、ディーン・ストックウェル
音楽 アンジェロ・バダラメンティ
上映時間 121分