核戦争の不条理を描いた『博士の異常な愛情』のあらすじ・解説

▲ネタバレを含みます

 この作品は、核戦争の危機を描いた1964年公開のSFコメディ映画で、スタンリー・キューブリック監督の10作目にあたる。主演のピーター・セラーズが3役をこなし話題になった。この映画には長い副題がついており、タイトルを全て表記すると『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』である。


《あらすじ》

 アメリカ合衆国パープルソン空軍基地のリッパー将軍(スターリング・ヘイドン)は、「R作戦」の実施を副官のマンドレーク英空軍大佐(ピーター・セラーズ)に命令した。「R作戦」とは、敵からの奇襲攻撃で国内の命令系統が破壊された場合、下級司令官が独断で核報復する作戦である。リッパーは敵はまだ判らないが戦争が始まったと言う。そして基地を封鎖し、基地内にあるラジオを全て没収するようマンドレークに命じた。ソ連周辺を常時警戒飛行していた34機の50メガトン水爆搭載B52爆撃機は、「R作戦」の暗号を受けとるとソ連領内のそれぞれの攻撃目標に機首を向けた。しかしマンドレークは、リッパーの不審な言動やラジオが通常放送を流していることから戦争など起きていないことに気づいた。マンドレークは、B52を呼び戻す3ケタの暗号をリッパーから聞き出そうとしたが、リッパーは質問には答えず、拳銃をチラつかせ、共産主義者の陰謀にはこれ以上我慢できないと主張した。
 そのころ、国防総省作戦室には大統領(ピーター・セラーズ)をはじめ軍、政府閣僚が事態の収拾のため集まっていた。タージッドソン将軍(ジョージ・C・スコット)は、B52を呼び戻すことは不可能である。なぜならB52は攻撃命令を受けた後は敵の謀略電波回避のため通信回線を遮断する。これを解除するためには3ケタの暗号が必要だが、リッパーとは連絡が取れないと報告した。これを受けて大統領は近隣の部隊をすぐパープルソン空軍基地に向かわせるよう指示した。
 次に大統領はソ連首相に電話をつなぎ自軍のミスを謝罪、ソ連領内のB52を撃墜してほしいと請願した。しかしソ連首相は、次の党大会で発表予定で、すでに配備されている「皆殺し装置」の存在を打ちあけた。それはコバルト・トリウムGをまとった50個の100メガトン級水爆で、放射能半減期は93年。もしB52のミサイルが1発でもソ連領内に落ちれば、50個の水爆は次々に炸裂し、世界は死の灰に覆われるという。この話を大統領は不審に思うが、兵器開発局のストレンジラブ博士(ピーター・セラーズ)はこの装置の存在を認めた。
 一方パープルソン空軍基地は、大統領の命令を受けた第23空挺師団との間で戦闘状態になっていた。リッパーは部下たちに敵は自軍のふりをして近づいて来るかもしれないと警告していた。やがて基地の兵士は投降し、落胆したリッパーは自殺した。マンドレークはリッパーが言った不可解な言葉から「R作戦」を中止させる暗号の解読に成功、作戦中止命令がソ連領内のB52に伝わり各機は次々に引き返し始めた。しかしキング・コング少佐(スリム・ピケンズ)の機体だけは、受信装置損傷のため応答せず、ソ連領内の目標に水爆を投下した。そのころ国防総省作戦室では、死の灰に覆われた世界で、選ばれた男女だけに炭鉱内での不自由の無い生活を保障し、人類を存続させる案が話し合われていた。
─ついに「皆殺し装置」が敵からの攻撃を感知した。そして世界は<いつの日かまた会いましょう>の歌声と共にまたたく間に水爆の光に包まれた。

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解説

■映画製作の背景

 この作品は1964年の公開だが、この時期は米ソ冷戦時代で年間50回以上の核実験が行われ、その2年前にはキューバ危機が起きていた。この状況をキューブリックは憂慮していて、核戦争に関する本を50冊も読んでいたという。そして次の映画の題材に核戦争の危機を描いたピーター・ジョージの小説『赤い警報』を選んで脚本作りを開始した。

 初めは小説同様シリアスなサスペンスをイメージしていたキューブリックだったが、最終的に風刺コメディにすることにした。その方がこの小説で描かれた水爆のジレンマが伝わりやすいと判断したからだ。キューブリックは性風刺小説『キャンディ』で話題になったカルト作家、テリー・サザーンの助けを借りブラックユーモアの要素を脚本に盛り込んだ。“ストレンジラブ博士”のネーミングもサザーンによるものである。

終盤の水爆投下シーン
終盤の水爆投下シーン
■ブラックユーモアの裏にある<怒り>

『博士の異常な愛情』は確かにコメディ映画だが、描かれているのは世界の終焉である。終焉の理由は人類が造り出した核兵器による自滅である。そう、人類は自分を殺してしまう道具を自分でせっせと製造しているのである。キューブリックはその馬鹿馬鹿しさをこの作品で表現しようとしたのではないだろうか。この作品公開当時は核戦争が本当に勃発してしまう可能性が高く、実際にキューバ危機でその瀬戸際まで行ってしまった現実にキューブリックはイライラしたに違いない。結局危機は回避されたが、極度に緊張が高まれば何かしらのミスが起きる可能性も高まるのだ、この映画のように。

 ナチズム信奉者のストレンジラブ博士は映画のラストで、選ばれた男女だけが炭鉱に避難してそこで新世界を創るという選民思想に基づく提案をするが、もう1つのラストシーンは作戦室内にいる要人全員でのパイ投げ合戦。核ミサイルをパイに見立てたこのシーンは、風刺に見えないという理由で結局ボツになるが、キューブリックが不毛な米ソの争いを表現しようとしたのは明白だ。また脚本の初期段階では、宇宙人が核戦争後の地球を観察するというアイデアもあったらしい。これは次作『2001年宇宙の旅』(’68)に繋がるテーマでもあるが、人類を下等な生き物として地球の外側から眺めるというキューブリックの特異な視点がうかがえる。また、テリー・サザーンが考えた卑猥な言葉をスターリング・ヘイドンに言わせたり、ピーター・セラーズやジョージ・C・スコットにデフォルメされた演技を要求して米国の大統領や軍人を茶化し、最後は「皆殺し装置」で世界を終わらせて悪ふざけの限りを尽くしている。しかし、これらはみなキューブリックの核兵器開発を止めない人類に対する怒りの裏返しのように見える。

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[作品データ]

監督  スタンリー・キューブリック
脚本  スタンリー・キューブリック、ピーター・ジョージ、テリー・サザーン
製作  スタンリー・キューブリック、ヴィクター・リンドン
出演者 ピーター・セラーズ、ジョージ・C・スコット、スターリング・ヘイドン、スリム・ピケンズ
音楽  ローリー・ジョンソン
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