核戦争の不条理を描いた『博士の異常な愛情』のあらすじ・解説

最終更新日 2023年4月20日 by Kazu

▲ネタバレを含みます

この作品は、核戦争の危機を描いた1964年公開のSFコメディ映画で、スタンリー・キューブリック監督の10作目にあたる。主演のピーター・セラーズが3役をこなし話題になった。この映画には長い副題がついており、タイトルを全て表記すると『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』である。


《あらすじ》

アメリカ合衆国パープルソン空軍基地のリッパー将軍(スターリング・ヘイドン)は、「R作戦」の実施を副官のマンドレーク英空軍大佐(ピーター・セラーズ)に命令した。「R作戦」とは、敵からの奇襲攻撃で国内の命令系統が破壊された場合、下級司令官が独断で核報復する作戦である。リッパーは敵はまだ判らないが戦争が始まったと言う。そして基地を封鎖し、基地内にあるラジオを全て没収するようマンドレークに命じた。ソ連周辺を常時警戒飛行していた34機の50メガトン水爆搭載B52爆撃機は、「R作戦」の暗号を受けとるとソ連領内のそれぞれの攻撃目標に機首を向けた。しかしマンドレークは、リッパーの不審な言動やラジオが通常放送を流していることから戦争など起きていないことに気づいた。マンドレークは、B52を呼び戻す3ケタの暗号をリッパーから聞き出そうとしたが、リッパーは質問には答えず、拳銃をチラつかせ、共産主義者の陰謀にはこれ以上我慢できないと主張した。
そのころ、国防総省作戦室には大統領(ピーター・セラーズ)をはじめ軍、政府閣僚が事態の収拾のため集まっていた。タージッドソン将軍(ジョージ・C・スコット)は、B52を呼び戻すことは不可能である。なぜならB52は攻撃命令を受けた後は敵の謀略電波回避のため通信回線を遮断する。これを解除するためには3ケタの暗号が必要だが、リッパーとは連絡が取れないと報告した。これを受けて大統領は近隣の部隊をすぐパープルソン空軍基地に向かわせるよう指示した。
次に大統領はソ連首相に電話をつなぎ自軍のミスを謝罪、ソ連領内のB52を撃墜してほしいと請願した。しかしソ連首相は、次の党大会で発表予定で、すでに配備されている「皆殺し装置」の存在を打ちあけた。それはコバルト・トリウムGをまとった50個の100メガトン級水爆で、放射能半減期は93年。もしB52のミサイルが1発でもソ連領内に落ちれば、50個の水爆は次々に炸裂し、世界は死の灰に覆われるという。この話を大統領は不審に思うが、兵器開発局のストレンジラブ博士(ピーター・セラーズ)はこの装置の存在を認めた。
一方パープルソン空軍基地は、大統領の命令を受けた第23空挺師団との間で戦闘状態になっていた。リッパーは部下たちに敵は自軍のふりをして近づいて来るかもしれないと警告していた。やがて基地の兵士は投降し、落胆したリッパーは自殺した。マンドレークはリッパーが言った不可解な言葉から「R作戦」を中止させる暗号の解読に成功、作戦中止命令がソ連領内のB52に伝わり各機は次々に引き返し始めた。しかしキング・コング少佐(スリム・ピケンズ)の機体だけは、受信装置損傷のため応答せず、ソ連領内の目標に水爆を投下した。そのころ国防総省作戦室では、死の灰に覆われた世界で、選ばれた男女だけに炭鉱内での不自由の無い生活を保障し、人類を存続させる案が話し合われていた。
─ついに「皆殺し装置」が敵からの攻撃を感知した。そして世界は<いつの日かまた会いましょう>の歌声と共にまたたく間に水爆の光に包まれた。

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解説

■映画製作の背景

1964年公開の『博士の異常な愛情』は、核戦争の危機を風刺したコメディ映画である。この作品は、ピーター・ジョージの小説『赤い警報』(旧タイトル『破滅への2時間』)を原作としており、キューブリックの核戦争への深い憂慮が反映されている。米ソ冷戦時代、年間50回以上も核実験が行われていた時期。1962年のキューバ危機以降、キューブリックは核戦争に関する本を50冊も読み漁ったという。そして、アメリカ空軍の爆撃機が誤指令に基づきソ連を核攻撃するというストーリーを映画化することに決めた。

キューブリックは当初、原作小説に忠実なシリアスなサスペンス映画を作ろうとしていたが、途中で方針を変更した。核戦争の恐怖を伝えるには、ブラックユーモアで描くほうが効果的だと考えたからだ。そこで、彼は『キャンディ』などの風刺小説で知られる作家テリー・サザーンに協力を求め、ブラックユーモア満載の脚本に仕上げた。『ストレンジラブ博士』というキャラクターの名前も、サザーンの発案だった。

終盤の水爆投下シーン
終盤の水爆投下シーン
■ブラックユーモアの裏にある<怒り>

この作品はコメディ映画でありながら、人類が自ら作り出した核兵器によって滅亡するという恐ろしいシナリオを描いている。キューブリックはこの作品で、人類が自分で自分を殺す道具を製造している愚かさや滑稽さを浮き彫りにしようとしたのではないだろうか。この作品公開当時は核戦争が本当に勃発してしまう可能性が高く、実際にキューバ危機でその瀬戸際まで行ってしまった現実にキューブリックは憤りを感じたに違いない。危機は回避されたものの、極度に緊張が高まれば何かしらのミスが起きる可能性も高まるのだ。この映画のように。

『博士の異常な愛情』は、映画の終盤で衝撃的な展開を見せる。ナチスの元科学者であるストレンジラブ博士が、核戦争で滅亡した地上に代わって、炭鉱に避難した人々が新たな文明を築くという計画を発表するのだ。この計画は、ナチスの選民思想に基づいており、選ばれた男女だけにその資格が与えられる。しかし、このシーンはもともと別のものだった。核ミサイルが飛び交う様子をパイ投げ合戦に見立てた作戦室でのコメディシーンが撮影されていたのだ。しかし風刺の表現として上手くいかずカットになった。このエピソードから、キューブリックが不毛な米ソの争いを過激に表現しようとしたことがうかがえる。

また、脚本の初期案では、核戦争後の地球を宇宙人が観察するという設定もあった。これは、人類を下等な生き物として地球の外側から眺めるというキューブリックの視点がうかがえる。そしてこのテーマは、次作『2001年宇宙の旅』に引き継がれることになる。この映画では、キューブリックは核兵器に依存する人類の愚かさを徹底的に揶揄している。スターリング・ヘイドンやピーター・セラーズ、ジョージ・C・スコットらに卑猥で奇妙な言動や演技をさせて、大統領や軍人をバカにし、最後は「皆殺し装置」で世界を滅ぼしてしまう。これらはすべて、キューブリックの核兵器開発を止めない人類への怒りの裏返しのように見える。

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[作品データ]

監督  スタンリー・キューブリック
脚本  スタンリー・キューブリック、ピーター・ジョージ、テリー・サザーン
製作  スタンリー・キューブリック、ヴィクター・リンドン
出演者 ピーター・セラーズ、ジョージ・C・スコット、スターリング・ヘイドン、スリム・ピケンズ
音楽  ローリー・ジョンソン