CURE キュアの解説2(1997年 黒沢清)

CURE キュア の解説からの続きです

▲ネタバレを含みます

■黒沢が目指したリアルな表現とは?

 黒沢がこの作品でこだわったのが日常の中で起きる非日常的な出来事をどのように表現するのか、という点でした。

 例えば、スマートフォンで街の風景を撮影していたらたまたま近くで交通事故が起きて、その様子が写ってしまったとしましょう。

 その映像は間違いなく人の関心を引きつけます。なぜなら、そこには現実に起きた決定的瞬間が写っているからです。

 このような映像は当然ですが編集が無くワンカットです。もし、これが映画であればさまざまな編集をほどこしてもっと迫力のあるシーンにすることができます。

 しかし、その一方で編集という行為によってそれが現実に起きたという確信が揺らぎ、映像の持つ説得力は弱まります。

 黒沢は映画の中の決定的なシーンを編集無しのワンカットで見せることに強いこだわりを持っていました。黒沢は著書の中でこう語っています。

“考えれば考えるほど、決定的なワンカットを撮るのは大変なんです。…(中略)…ある監督に才能があるかどうか、下手すると作品の冒頭一分で判断できてしまうぐらいで、この、あるカットのワンカット性というものは、物語や俳優の演技などとは違ったところで、映画の質を決定づけてしまいます。”
(黒沢清『黒沢清の映画術』新潮社、2006、p.145)

“ワンカット性の根拠を、最も単純なレベルで挙げてみれば、映画が本当にその場で起こったことを捉えるメディアだからということがあります。”
(同書 p.146)

“映画は原理的に、動く写真とは全然違うもので、空間と時間の両方を写し、かつてそこに確実にあったということを伝達するメディアなんです。”
(同書 p.146)

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■文江を殺したのは誰か?

 映画の終盤で高部刑事の妻文江の身体が病院内を台車で運ばれている短いショットがあります。このとき、文江には意識が無く首筋にはX字の裂け目。これは誰の仕業なのか映画の中でははっきりしません。

 しかし、文江の存在から一番大きなストレスを受けていたのは映画で描かれていたように夫である高部刑事。この殺害が誰の手によるものであってもその動機の源泉はすでに間宮と深く関わっていた高部刑事以外は考えづらいと思います。

 結局、この病院内の異常事態を示した短いショットは、間宮亡きあとも催眠による被害が広がり続けていることだけを観客に伝えます。
 
 一方、『CURE』公開の年に出版された小説、黒沢清著『キュア』(徳間書店)には文江が殺害される場面があります。文江が病院内の公園で夫に首をナイフで刺されるのです。その描写は精神病者である文江の視点で書かれていて白昼夢のような感じです。刺されたあと文江は自分は覚めることのない深い眠りについたと言っています。

 映画も小説も黒沢の手によるものですが、双方の見せ方の違いは興味深いところです。

■高部刑事はラストで何になったのか?

 当初の脚本のラストは高部刑事が間宮を殺したあと海辺に現れて女子高生の横で「ここどこ」と呟くというものでした。

 しかし、黒沢は間宮を自ら葬った高部刑事が間宮と同じような存在になるのも変だと考えて、高部刑事を間宮より<グレードアップ>させることにしたのです。

 それは間宮が記憶喪失だったのとは違い、高部刑事は自分が誰なのかはっきりと認識がありながら間宮と同じようなことをするというものです。

 それを示したのが最後のファミレスでの高部刑事の言動とその後のウエイトレスの行動です。

■ラストシーンは大幅にカットされていた

『CURE』のラストは高部刑事と言葉を交わしたウエイトレスが店の奥でナイフを手にしたところで突然終わります。これは黒沢の大胆な編集の結果です。

 本来はこのあとウエイトレスが同僚をナイフで刺し、その身体を処理するシーンが延々と続いていたのです。

 編集カット後のラストシーンはウエイトレスがナイフを持っているところがチラッと写っているだけで、このあと何が起きるのか観客が理解できるギリギリの表現になりました。

 この判断ついて黒沢は著書の中でこう語っています。

“映画の頭から、ワンカットで急に人を殺すシーンが何度も出てくるんで、最後もきっと何かあるだろうと観客も注意して見てくれることを期待しました。”
(黒沢清『黒沢清の映画術』新潮社 2006年 p.187)

 黒沢はこの編集によってそれまで描いてきた「日常が非日常に変わる瞬間」そのものを省略し、あとは観客の想像力に委ねたのです。

 そして、もう一つ注目したいのがウエイトレスがナイフを手にする前です。タバコを吸う高部刑事の横顔から画面奥のウエイトレスにゆっくりとカメラの焦点が合っていくところです。ここで高部刑事とウエイトレスの間に「客と店員」以外の関係性がすでに構築されていることが表現されています(その引き金はタバコの火であると解釈することもできます)。間宮のときは催眠をかける側とかけられる側の関係がしっかり描かれていましたが、高部刑事の場合はたったこれだけです。

 黒沢は必要最低限の描写で間宮よりさらに強力で得体の知れない人間の誕生を示唆しました。

■メスマーとは?
フランツ・アントン・メスメル
フランツ・アントン・メスメル

 間宮の書いた論文にでてくるメスマーをネットで調べてみると実在の人物でした。

 ウィキペディアによると主に18世紀に活躍したドイツ人の医師で、フランツ・アントン・メスメル(Franz Anton Mesmer 1734-1815)。
 彼は患者に鉄を調合した薬を飲ませたり、体に磁石を貼り付けたりして病状の改善を図っていました。メスメルは病状が改善したのは磁石だけが原因ではなく、人間が本来持っている「動物磁気」のせいだと考えました。
 その後、「動物磁気」はメスメリズム (mesmerism) と呼ばれるようになり、ジェームズ・ブライド(1795-1860)が発明した催眠術の元になったと言われています。

■『邪教』と伯楽陶二郎について

 この映画にはもう1人謎の人物が登場します。間宮の部屋にあった『邪教』という本に記載されている伯楽陶二郎です。この人物に関しては上述の小説版『キュア』に詳細が書かれています。精神科の佐久間真教授が高部刑事を自宅に呼んで伯楽陶二郎についての調査内容を話す場面があるのです。その部分を参考までに要約してみました。

 伯楽陶二郎(はくらくとうじろう)は明治時代に存在した精神医療グループ「気流の会」のリーダー。明治政府の依頼で作られた危険思想集団をリスト化した文献『邪教』に「気流の会」の名前がある。
 彼らは人間の精神を“流れ”と捉えていた。催眠暗示は彼らの思想の根底をなす現象だった。
「気流の会」は明治政府の弾圧を受け解散に追い込まれた。しかし、彼らは地下にもぐり活動を続け、弾圧に対する憎悪をつのらせ邪教化し布教活動を開始。彼らは活動拠点となる療養所を富山県の奥穂高岳に建設した。しかし、ここも1897年に警察の摘発を受け全員逮捕されたが伯楽の行方はわからない。
 それから1年後の1898年に富山県在住の村川スズが自分の息子の首筋を十文字に切り裂く事件が起きた。
 間宮は催眠やメスマーの研究をする過程で「気流の会」の伯楽が残した教典に辿り着いたのではないか。

 

 つまり、事件は100年前に存在したカルト集団が発端となっていたということですね。

■東京国際映画祭への出品

『CURE』は制作会社である大映社長の徳間康快が当時「東京国際映画祭」のゼネラル・プロデューサーを務めていた関係で、97年の同映画祭にコンペ部門で正式に出品されました。主演の役所広司は最優秀男優賞を獲得しました。

 11月6日の『CURE』の記者会見場は満員になり、映画祭の公式記録によると監督と出演者は次のようにコメントしています。

「ネガティブな精神状態の時にネガティブな役をやることになり、撮影前は<どこ>に連れて行かれるかわからない不安があった」(萩原聖人)

「監督が見つけてきた妙な場所で、隠れていたずらをしてるみたいだった」(うじきつよし)

「もう元には引き返せない、日常とは違うレベルに達する男の物語」(黒沢清)

「ストレスの固まりだった男がストレスのない人間になる。監督の言葉を借りれば〈怪物の出来上がり〉」(役所広司)

 

 この映画祭ではフランスの映画批評家ジャン=ミシェル・フロドンが『CURE』を鑑賞していました。その内容に驚いたフロドンは、帰国すると早速フランスのル・モンド紙で『CURE』を大きく取り上げました。この出来事は黒沢の海外進出のきっかけになりました。

 その後、黒沢の他の作品(『蛇の道』『蜘蛛の瞳』『地獄の警備員』『ニンゲン合格』など)も欧州でたびたび紹介されるようになり、新たに発見された現代作家として認められるようになりました。

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[作品データ]

監督・脚本 黒沢清
製作 加藤博之
出演者 役所広司、萩原聖人、うじきつよし、中川安奈、洞口依子
音楽 ゲイリー芦屋
上映時間 111分